証明済みの創価学会の謀略体質 共産党・宮本議長宅電話盗聴事件≠検証する!! (第7回)

                      
犯行の動機は共産党への報復と逆襲
       「猛省・陳謝」の後に犯行を企図、実行
 昭和五十五年八月二十六日、日本共産党が創価学会に対して提訴した、
 「創価学会による日本共産党宮本顕治氏宅電話盗聴事件に関する訴状」 を、六回に分けて紹介してきた。 北条浩被告(創価学会四代会長=故人)以下、創価学会関係者四人を被告とする同裁判は、第二審判決が下る六十三年五月二十六日までの八年間続いた。
 判決は一審二審とも被告側の全面敗訴となったが、どのような裁判経過になったのか。
 原告・宮本顕治氏弁護団による「第一審最終準備書面」(昭和五十九年十二月二十一日)を見てみよう。
 同書面は、通信の秘密の保障(憲法上の保障・条約、諸外国の法制等)。盗聴による権利侵害(表現の自由に対する侵害、私生活の自由――プライバシーの侵害、政治活動の自由の侵害) を述べ、
 「三、本件加害の特徴とその違法性」 と題し、「動機の不当性」について触れている。以下、解説を加えながら「第一審最終準備書面」を紹介しよう。
 「被告山崎正友本人は次のようにいう(昭和五十六年十一月四日、第七回口頭弁論)。  『当時は言論出版問題で、創価学会は非常に窮地に陥っておりました。まさに存亡の危機という認識を持っておりまし た。その中で創価学会攻撃の急先鋒であった日本共産党に対してどう対処するか、そのことに苦慮いたしました。何としてもその出方をさぐり、その意図を知るダイレクトな情報がほしい、というのが首脳した気持ちでした。そういう状況下で、それを受けて、私はこういう計画を実行しまし た。』  ここでいう言論出版問題とは、一九六九年十二月、藤原弘達著『創価学会を斬る』に対する創価学会による出版妨害問題が明るみに出たことに端を発し、ほかにも数冊の創価学会批判の著作に対し、出版、流通を妨害する行為が行なわれていたことが判明し、これに対する社会的批判がまきおこったことを指してい る。日本共産党はこれらの批判をもっとも厳しく行なっていた。
 創価学会・公明党は、当初は、本件訴訟における被告広野・被告竹岡の応訴態度と共通して、「事実無根である」と否定していたが、批判の声の拡がりと、妨害の事実がいっそう明らかになるとともに、その態度をあらため、ついに一九七〇年五月三日、池田大作会長は「猛省」と「陳謝」の意を表明するにいたった。」 山崎正友被告等、創価学会関係者による宮本議長宅の盗聴が告発されたとき、同会は一貫して無関係を力説した。
 言論出版妨害事件もまたそうである。創価学会と公明党が一緒になっ て、言論出版の妨害を事実無根と言い続けてきたのである。
 ところが動かぬ証拠 と、マスコミの追及によって、その事実をようやく認め、陳謝した。
 「この問題をめぐる創価学会批判の焦点は、学会が、あるいは出版前にゲラ刷りを入手して、著者と出版社に圧力をかけて出版を断念させようとし、あるいは取次店や小売店に圧力を加えてこれらの書籍の取扱いをやめさせ、ときには自民党田中角栄幹事長(当時)の力をも借りて著者に執筆中止や、出版後の全部数買取りを申し入れた事実などが、憲法二十一条の言論・出版などの表現の自由を侵害するものである、という一点にあり、ここでの理非曲直は、憲法に照らして一点の疑いもなかった。つまり、創価学会は明らかに誤っており、間違っていたのである。
 ところが被告らは、これらの誤りを批判した日本共産党を逆うらみし、かえって、日本共産党に逆襲するために、必要な情報を得ようとして、本件盗聴の挙に出たのである。
 原告らは、自己の認めた誤りを指摘した日本共産党に報復するために、再び本件不法行為をおかした、という意味で、その動機の不当性は著しいものがある、といわなければならない。」
 昭和四十五年五月三 日、池田大作会長(当時)は、同会が行なった言論出版妨害について、その事実を認め、猛省し陳謝した。
 しかし、猛省と陳謝したその直後から、宮本議長宅の盗聴の計画に入るのである。
 二枚舌どころか、これほど国民を愚弄した話もない。  「2、被告らが宗教団体幹部であること
 被告らが本件当時、宗教団体・創価学会の幹部であったことは、被告らも争わないところであ る。
 創価学会は、日蓮正宗の信徒団体(※平成三年に破門)である、といわれている。被告らは、その幹部として、日蓮正宗の信仰を説き、善行の勧めを説いてきたであろ う。被告らは宗教者として振舞う陰で、本件のような陰湿な不法行為を敢行した。よこしまな目的のために、違法な手段を行なった被告らは、宗教者として社会的信頼を裏切ったことにおいて、いっそう強い非難を受けるべきであろう。このことも本件不法行為の違法性を強めるものといえよ う。」
 人の道、平和を説くのが宗教者である。現に創価学会はいまなお、世界平和≠説いている。
 しかし同会が説く世界平和について、ほとんど信用できないのは、こうした過去の事件を引きずっているからだ。
 「四、組織的不法行為の社会的責任  1、本件訴訟を必要とした経緯
 本件訴訟の意義を考えるにあたって、なぜ原告が本件提訴にいたったかの経緯を見ておかなければならない。
 原告宮本顕治を幹部会委員長とする日本共産党中央委員会は、昭和五十五年六月、本件盗聴行為が創価学会幹部による組織的不法行為であることが明らかになった直後、創価学会に対して公開質問状を発し、  「日本共産党と創価学会との合意についての協定」の@文化や創価学会員への公明党支持おしつけ等の問題等への質問と合わせ、本件盗聴等について、「その事実を率直に明らかにする意思があるのかどうか」「有罪あるいは時効にかかわりなく貴会としていかなる反省をし、いかなる措置をとったか」と質問した。
 訴外池田大作(名誉会長)を事実上の指導者とし、被告北条浩を会長とする創価学会は、右の公開質問状に何ら省みるところなく、一切回答を行なうことがなかった。
 被害者と国民に陳謝しなかったばかりか、機関紙やマスコミという場において、正々堂々と事実を明らかにし、国民世論の判断を仰ぐ、という機会すらも自ら放棄したのである。」 昭和四十五年五月三 日、池田大作氏が言論出版妨害事件で猛省したときも、
 「関係者にお詫びしたい」 と、約束した。しかし、この約束も、いまだに実現していない。その場の体裁だけをつくろう、という創価学会の救いようのない体質。
 第一審最終準備書面はこう続けている。
 「また、そもそも本件盗聴行為は、本来、被告らに対して刑事責任が追及されるべき犯罪であった。  第一、……被告らの行為は、公衆電気通信法五条一項違反、有線電気通信法二十一条等に該当する犯罪行為であることは明らかである。  ところが、被告らは、創価学会の組織ぐるみの隠蔽工作等によって、時効により、刑事責任の追及を免れてしまった。
 つまり被告らの行為の真実の解明とその責任の追及は、被告らを含む創価学会によって、公の論争で国民の判断にゆだねる道はとざされ、刑事責任については時効で追及不能となったのである。」
 宮本宅電話盗聴事件が公になったのは、犯行時から十年も経過してからである。
 創価学会首脳陣は、当然この犯行グループを知っていながら、組織ぐるみで匿い、刑事責任の追及を免れたのだ。
 平和を説く宗教団体 が、身内の犯罪を隠して恥じることがない。このような宗教団体が唱える平和とはどんな平和なのか。そういえば、あのオウム真理教も、世界平和を訴えていた宗教団体であった。
 組織ぐるみで犯罪者を匿い、刑事責任から逃げる。創価学会による、かつての投票所襲撃事件もまたそうであった。
 「したがって原告は、残された最後の手段として、真相の解明と正邪の判断、および損害の回復の道を民事裁判の場に求めることとしたのであ る。
 このような経緯と事情は、事態の重大性と合わせて、社会正義の観点から、本件訴訟における被告らの責任に、相当程度加味されるべきであると信ずる。」      (つづく)


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