まえがき

 池田大作率いる創価学会が、その本家本元である日蓮正宗宗門から破門されて以来、すでに三年目を迎える。

その間、日蓮正宗を憎悪する学会では、日蓮正宗の管長である阿部日顕上人はじめ、同宗の高僧や有力信徒らに対し、「よくぞ、ここまで」というほど、さまざまなスキャンダルを材料に、名誉毀損に当たる中傷記事や怪文書を作成しては攻撃し続けてきた。しかも創価学会側では、どうやら、宗門は裁判の煩わしさから、これらの名誉毀損事件を告訴(もしくは提訴)してこないだろう_との見通しを持っていたと見えて、

 機関紙上に「日顕側がどこまでも学会報道を虚偽と言い張るのであれば、行き着くところは、名誉毀損を巡る裁判しかあるまい。日顕が堂々と裁判所で自分の"潔自"を証明し、学会報道のどこがウソなのか、主張すればよい」「この恥ずべき事件は、日顕という最低男の正体を余すところなく示しております。これが、全人類を幸福に導く偉大な宗教の頂点に立つキングであっていいのでしょうか。もしも、この記事が虚偽、デッチ上げだと主張するなら、名誉毀損で訴え、法廷で堂々と争い、身の潔自を証明すべきです。それができないのであれぱ、残された道はただ一つ、『退座』の二字のみです等々とブチ上げてきたのである。

 ところが日蓮正宗側では、これらのいわれなき誹謗中傷を打ち払うべく、じっくりと調査や証拠収集を重ねた上で、相次ぎ法的措置に踏み切った!その代表的なものが、いわゆる偽造写真事件(※学会が写真を合成したり変造して、"日顕上人が芸者と邪淫・淫乱にぷけっていた"などという提造報道を行なった事件)であり、シアトル事件(※学会が"日顕上人は三十年前にシアトルで売春婦とトラブルを起こした"と報道したもので、すでにロスにおける裁判では学会側が敗訴した事件)である。

この他にも、学会から怪文書攻撃を受けた宗門信徒が学会幹部ら十数名を名誉毀損で訴えた事件_等々誹諸中傷を浴びせていた時のカラ元気はどこへやら、一転、被告人となってしまった創価学会であるが、ここで、どうしても忘れることのできない問題が、もう一つある。       学会の支配者・池田大作自らの膨大なスキャンダル間題である。池田のスキャンダルといえば、それを報じた『月刊ペン」に対する名誉毀損の裁判が記憶に蘇ってくるが、池田創価学会が名誉毀損で訴えたのは、わずかにこの一件だけ。しかも、その顛未はといえば、原告側である学会が、陰で、被告の『月刊ペン』社に三千万円もの大金を支払ったり、結果として、池田スキャンダルは立証できなかったものの、"そうとうに疑わしい"旨の判決が出るなど_真っ黒に近い灰色であった。                                      それ以外に、各マスコミ等で大々的に報じられてきたスキャンダルについては、まったく訴えることすらできず、沈黙を決め込んでしまっているが、それこそ、「これらの恥ずべき事件は、池田という最低 男の正体を余すところなく示している。これが、"世界の指導者・広布の最高指揮者・宗教界の王者"などであっていいのだろうか。もしも、これらの報道を、池田側がどこまでも虚偽・デッチ上げだと言い張るのなら、これらを名誉毀損で訴え、法廷で堂々と争い、自分の潔自を証明すべきであった!それができなかった以上、池田は、これらの報道が事実であったと認めたことになる」本書は、これら、池田大作が暗黙のうちに「事実と認めた」数々のスキャンダル報道を、"池田大作「破廉恥行状記」"として、一冊に収録してみた。

池田は昭和三年生まれ、老体となりつつあるばかりか、糖尿病も患っているそうだから、今後は女性スキャンダルもあまり聞かれなくなるかもしれない。                  その意味でも、池田がいかなる行状をなしてきたのか、一冊にまとめて記録に残すことには、大きな意義があるものと考えられるのである。

 また、本書を読むと、昨今、学会が日蓮正宗を攻撃してきたスキャンダル報道や怪文書の中味、表現が、ほとんビ、池田に対する世間からの非難・指弾を、ただ相手を変えて浴びせてきたものにすぎない、ということがわかる。

 つまり、池田大作を絶対無謬の存在として崇める創価学会が、悔やしまぎれの意趣返しの心理で、日蓮正宗に低俗攻撃を仕掛けてきたことが歴然としているのである。そうした、学会の手口を知る上でも、本書の刊行には意義があるも少々長くなったが、本書刊行にご協力くださった皆様方に御礼を申し上げ、「まえがき」に替える次第である。


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