4.妾を認め、超絶的オスとして振る舞い、男性幹部を屈服

 池田の私生活も、私人的な言動も、創価学会=旧公明党の首領であるという自意識から、けっして離れられなかった。彼は戸田の率直さだけは受け継がずに圧殺し、自ら立てた浅ハカな大義名分によって厚化粧した。

 彼は女性との関係に関しては、

 「法治国の国民としては、それ(一夫一婦制)に従うべきだ。ただし_ただしですよ、(笑い)_もし、それだけの理由と力があって、しかも誰にも迷惑をかけないという場合には、一夫一婦制の枠外の行為でも私は男性として認めます」(『宝石』44年1月号掲載)との、まことに融通無礙の見解を持ち、今ではそれを実地に試みたと報じられている。

 『週刊新潮』(五十五年六月十二日号)によれば、池田と〃ただならぬ間柄〃の女牲は、公明党参議院議員・Wさん、中国担当副会長・U氏の夫人、創価大学図書館長Yの夫人、第一庶務の女性たち、東海研修道場の女子職員、山陰地方のある幹部の夫人、と多数に上っている(創価学会は同誌に対し55年6月5日、記事の即時全面取り消しを求め抗議したが、同誌は6月19日号で逆に「当誌を〈誹謗・中傷〉する目的で書かれた〈許し難い〉文章」だとして取り消しを拒否、その後、現在=56年4月=に至るまで同誌記事は黙認されている。中略)池田に信仰者の慎しみは無縁である。彼はおそらく平均的な成人男子以上に、女性を快楽の道具とだけしか見ていず、会内における彼の超絶的な権力者の地位を、超絶的なオスの位置にもスライドさせて、一部女性会員に臨んだ形跡がある。そればかりか彼は、妻との情交をその夫に承認させることで、幹部会員の全生活面に及ぶ権力を確認すると同時に、その夫たる幹部の自尊心をくじき、人間性を損ない、自立的な判断を放棄させて池田の命令に絶対服従する人間に造りかえることにも用いたとみられる。池田の行ないはうじゃじゃけたものとはいえ、夫たる会員にとっては極限状況的な試練なのだった。

ちょうど一睡もさせずに総括して人間改造を図る訓練法のように、彼には己の性器を幹部の「人問革命」に用いたことが疑われる。《『堕ちた庶民の神』237頁》


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