19.結婚後も身を差し出した浅野香世子の場合

 結婚の時には池田に祝福され、結婚後には「子供を作るな」と妙な注文をつけられた学会幹部夫婦がこの人たち。(中略)K子の入信は比較的新しく昭和三十九年。四十五年にはもう女子部長になっているのだから、これは例によって何かあるハズと勘ぐられた。

 やはり、この女性も池田の寵愛を受けていたのである。結婚当時、Kは一日も早く子供を欲しがった。夫婦にとって、ごく自然な願いである。が、そんなKを池田は叱りつけた。「子供をつくるなんて、甘いことだ。女房をもっと本部に近づけなければダメだ。自分の女房と思ったら間違いだ。本部に差し上げる気持ちがなければいかん」。(中略)結婚は池田の意向一つで左右され、しかも「女房を差し出せ」といい出す始末だ。

 Kがどういう気持ちで自分の女房を差し出したかはさておき、A夫婦は池田とともに訪中したこともある。だが、夫の方はどことなく影が薄く、最近ようやく、「一二五人中の一人」の副会長になった。

           《『スキャンダル・ウオッチング』84頁》


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