13.池田にもてあそばれ議員となった渡部M子の場合

 渡部M子が池田の裸の胸をさすっている現場へ行き合わせたことがある。創価学会が日本共産党との間に協定締結をした時期だから、昭和49年暮れだった。その時、池田は私の顔色をうかがいつつ弁解した。「いや、藤原君、オレね、気管支が悪くて胸が痛いんだけど、M子がさすってくれると不思議に治るんだけど。だから、つい頼んじゃうんだよなあ。」

                   《「池田大作の素顔」225頁》



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